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ナムジュンパイク

ナムジュンパイク展いってきましたー。

ビデオアートというかっこいい名前通り、作品?というかインスタレーション?をたくさん出されています。

 

モニターを組み合わせた門やロボット、

仏教的な東洋思想にも造形があり釈迦をモチーフにした作品も多数。

 

東西、ヨーロッパとアジアの混合概念としてのユーラシアという、ボイスとの共作も晩年は取り組む。

 

 

 

一番感じたのは、時間のこと。

ああいった、抽象的で、役に立たないものをつくる時間感覚ってこどものようなのかと考えた。体を動かしながら、考えているけど、決して言葉とか目的を持たない行為。物としてそこにあるけれど、ぼくらはそれを前に鑑賞する。きれいだと感じる以上の想像が生まれる。

森のようなところにモニターがならべられ、果実のように吊るされている。赤青黄といった原色の映像が流れている。

こんな光景になにもできることはない。

そこにある絶対的な存在。

 

 

鑑賞者になれる空間。

そういう意味では、自然に近いのかもしれない。

そもそも人が自然の一部であるとすると、その言葉、行為、作品もその延長であるのは当然だった。でももちろん、それだけが自然でも人間でもないから簡単にはいかない。

 

とにかく、お金にまつわる欲望は根っこにあって、視覚もろもろに過剰に訴える、役に立たないものをみるととても癒される、

ということが言いたかったのです。